uporeke's diary

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パタゴニア・エキスプレス (文学の冒険シリーズ)

パタゴニア・エキスプレス (文学の冒険シリーズ)

Moleskineを元に書かれた私小説ぽいラテンアメリカ冒険譚。

著者自身がほぼ語り手とみなしてよさそうな印象だが、社会主義にはまって投獄されていじめぬかれ、出獄してからはヨーロッパでライターになるため奔走するが、なぜかエクアドルで年増の家庭教師になったりアルゼンチンに出戻ったりと紆余曲折を経てスペインにたどり着くまでの物語。

Moleskineにとったメモを元に物語を紡ぎ出していくスタイルを、ルイス・セプルベダは同じ旅行仲間のブルース・チャトウィンに習ったという。そのへんの話は本家サイトにも書かれていますが、本書ではより詳細に物語られています。


ブルースがまさしくこの旅のためにプレゼントしてくれた方眼紙のノートにメモをとっている。それもただのノートではない。セリーヌやヘミングウエー(原文ママ)といった作家たちが大事にし、いまはもう文房具店にはない正真正銘モルスキンの逸品。使うまえにわたしみたいにするんだ、とブルースはそれとなく勧めた。まず、ページに番号をつける、次に表紙裏に最低二つの連絡先を記す、そして最後に、失くしたときのために、このノートを上記宛送ってくださった方にはお礼をしますと書く。それはあまりにもイギリス的だね、とぼくが言うと、ブルースは応えた。まさしくそうした類の予防策のおかげでイギリス人はイギリスが帝国であるという夢を持ちつづけている。

人間の記憶量に限界がない人もいようが(ちょうど次に読んでいる『ヘミングウェイごっこ』のイギリス人がそうだ)、わたしはからっきしだ。高校の英語の参考書でとても頭がよいがとんでもなく記憶力がわるい学者の話があったが、それを笑えないほどわたしの記憶のプールは浅い。だとしたら記憶については外部装置にある程度頼るしかないんじゃないか、と思ってこの夏からはかなり頻繁にメモをとるようにしています。Moleskineに。おかげで酔っぱらったときでもお酒の銘柄を覚えていられるようになったのでした。

さて、本書の売りはなんといってもメモをとられた現実(かもしれない)の挿話の小粋さ。パタゴニア嘘つき選手権では感動的な嘘がつかれ、クレイジーな飛行機乗りは小さな砂浜に不時着してすかさず飛び上がり、イルカと少年の悲しい物語に涙する。まとまった小説としてはやや構成が弱いが、著者が旅した南アメリカそのものがどさっとつきだされる。パタゴニアの乾いた大地でたっぷりの栄養をたくわえたMoleskineが食卓に出されるのだから、読者は塩も砂糖も醤油もつけず、とれたての『パタゴニア・エキスプレス』にただかぶりつけばよい。異色揃いの「文学の冒険」シリーズとしてはさらに一ひねりしてシンプルに戻った本書は、ふつうの文学好き(それこそヘミングウェイとか)にとってもおすすめの一冊。新潮あたりで文庫化すれば堅実に売れそうです。