uporeke's diary

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『フランク・オコナー短篇集』(岩波文庫)

フランク・オコナー短篇集 (岩波文庫)

フランク・オコナー短篇集 (岩波文庫)

岩波文庫はこっそりブルガーコフ『悪魔物語・運命の卵』(重版求む!)やラテンアメリカ文学の傑作『ペドロ・パラモ』や『伝奇集』、『悪魔の涎・追い求める男』などを出すなど20世紀の文学作品を出版するから油断できない。2008年の秋に出版された『フランク・オコナー短篇集』、作者のことは全く知らなかったのだが、表紙の茶色い長方形が並べられた絵(ショーン・スカリー)からただものではない雰囲気をかぎつけて珍しく新刊で購入。

  • ぼくのエディプス・コンプレクス
  • 国賓
  • ある独身男のお話
  • あるところに寂しげな家がありまして
  • はじめての懺悔
  • 花輪
  • ジャンボの妻
  • ルーシー家の人々
  • 法は何にも勝る
  • 汽車の中で
  • マイケルの妻

「ぼくのエディプス・コンプレクス」は父が戦争に行っている間、母と仲むつまじかった少年は、父が帰還すると途端にその地位を奪われてしまうという話で、シンプルすぎてぴんとこなかったのだが、次の「国賓」はすごい。この物語に「国賓」とタイトルをつけられるセンスがすごい。軍隊にいるイギリス人2人とアイルランド人2人の自然な対話に影響を落とす国の力に恐怖と人の愚かさ・悲しさを見せつけられる。

「ある独身男のお話」もそうだが、アイルランドに限らず日本でもどこでもありそうな話の裏側にある人の心の動き、ひっかかりがじんわり感じられる物語を語る手際のうまさはちょっと例を見ない。ややネタバレになるが、「汽車の中で」は裁判が終わって村への帰途につく汽車の中に刑事や証人となった村人、そして被告の女性が乗り合わせるもの。本来なら裁判そのものの経過を物語にするところを、裁判で負けた刑事の悔しさと事故で済んだという安堵感、さらに被告の女性が今後村でどのような扱いを受けるかという心配までうっすら感じさせる。一方で粗野な村人たちは今までなかった事件に驚きさざめく。村の小さな縮図を乗せた汽車は黒い煙を吐きながら村へ刻一刻と向かっていく。

特に好きなのは、「国賓」「ある独身男のお話」「あるところに寂しげな家がありまして(はぐらかしの妙)」「法は何にも勝る(田舎ならではのおっとり感と事件のアンバランスな配置がうまい)」「マイケルの妻」。解説は素晴らしい洞察に満ちているので本編を読み終えてからのが吉。本国ではあのジュリアン・バーンズが編纂した短篇集があるとか。50代と小説家としては若くして亡くなっていますが、翻訳を待ちきれない作家がまた一人増えました。岩波文庫なので店頭からなくなり次第読めなくなってしまうので本屋に急ぐべし、であります。