uporeke's diary

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フェリペ・アルファウ『ロコス亭の奇妙な人々』(東京創元社)

ロコス亭の奇妙な人々 (海外文学セレクション)

ロコス亭の奇妙な人々 (海外文学セレクション)

1902年、スペイン人の著者については全く知らないまま本書を購入。一番の理由は安かったからだけれども、これが望外のおもしろさ。英語版のタイトルに「Comedy」とあるように喜劇的でありながら、荒涼とした人のさびしさも描き出している。ボルヘスカルヴィーノナボコフに比較されている著者ですが、ボルヘスよりも腕白だしカルヴィーノより素直。ゲルニカ生まれということで、マドリッドから来た人物との対立などにバスクとの対立が読み取れます。スペイン内戦が激化した年に出版された本書は、物語も決して一筋縄ではいきませんが、成立した背景にも複雑さを感じ読み取れていないところがたくさんありそうだという読後感です。

連作短編集の形をとっており、タイトルにもなっているロコス亭で登場人物たちを紹介する場面から物語ははじまる。太っているが威厳のない警官、伊達男、べっぴんな尼僧、礼儀正しく世俗に馴染んだ神父、がらくた売りなどがにぎやかす酒場。この後の短編で彼らは入れ替わり立ち替わり現れ、時には性格や役割さえ変えて登場する。それぞれが独立した物語になっているように見えて、その実同じ名前の人々について語られる巧みさは実に小粋。特におもしろいのがマドリッド全体が長期にわたって停電になってしまい、泥棒のメッカとなってしまうところで警視総監が頭を悩ます話。手探りで歩いているところを誰かにぶつかって掏った財布が、また別の誰かに脅し取られたりするところなどは、金は天下の回りものという格言を皮肉めいた形で思い出してしまう。

コミカルな一方で、「春」にとらわれて錯乱してしまった友人を看取る話などは、からりと晴れ渡った青空の下の絶望を共感してしまいます。最近のCGアニメーションで輪郭線が描かれる端から色彩が施されて美しい風景画になったりするものがありますが、美しくもあり、まるで何かに絡め取られるような無力感も同時にわき起こることがありますが、それを突き詰めると春の美しさと恐ろしさに変化するのかもしれません。

今回の読書では同じ名前で登場する人物たちが、別の短編でどのように役割を変えるのかしっかり把握しないままだったので、ぜひ再読して関係性をつかみたい。1冊で2回は楽しめるステキな本です。すでに品切れのようなので見つけたらぜひ。