uporeke's diary

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キャロル・エムシュウィラー『カルメン・ドッグ』(河出書房新社)

カルメン・ドッグ

カルメン・ドッグ

タイトル通り歌劇「カルメン」を下敷きに人間の女性が動物に、動物の雌が人間に変身していく社会を描いたSF、と言っていいものか迷う作品。帯ではコニー・ウィリスが「これぞエムシュウィラーの真髄」と褒めちぎっているが、真髄とも言えるのは『すべての終わりの始まり』に収録されていた「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」のくるりと位相が逆転する感覚とか、「悪を見るなかれ、喜ぶなかれ」(アンジェラ・カーターの『侍女の物語』に近い感じを受けた)の虐げられた人々による折れない強さにあるような気がしていたので、本作ではやや肩すかしをくった。

弱い人々(今回は動物ですが)を中心に既成の社会構造をなりゆきで転覆させる試みはとてもいいのだけど、カルメンの情熱とはかみ合っていないように感じる。わたしがオペラ苦手なせいもあるけど、物語全体のバランスが楽観側に傾いていて、どうにも主人公たちに思い入れを抱けなかった。女性だけが変身するという現象が起きたなら、社会全体でものすごく問題になるだろう。たとえば人間として免許を持っていたものを動物に変化していくうえでどこまで許可しておくのかとか、教育をやり直すシステムとか、一部の偉い男だけが振り回されて終わるような話じゃない。どうも女性の都合ばかりが描かれて心地よくないのはわたしが男性だからなのか。ラストも物語上ではぱっとしているんだけど、読んでいる方としてはハッピーエンドに思えない居心地の悪い読了感でした。